20170922

列車速度を定義する。の15 窪田氏の指摘1


ガリレオ相対性原理世界でイメージする。




電車が駅に停まろうとする。
これは事実とか定義。設定。


https://twitter.com/zionadchat/status/891959565465432064



動画には撮影者が居る。駅に停止中の電車から、
プラットフォームに侵入し停止する相手電車を撮影。

相手電車が停止後、撮影者の乗った電車が動き始める。



列車交換(れっしゃこうかん)とは、
単線区間の停車場(駅または信号場)において
列車同士が行き違い(離合)することである。

旅客向けの車内放送などでは「列車の行き違い(行き合い)」などと
言い換えがなされる。wiki




相手電車が駅に停車するまでカメラアイは、
プラットフォームと一体。母子一体幻想。

自分電車が駅を出発すると、プラットフォームとの一体幻想が崩れる。




プラットフォームを頭の中で消してみよう。

こんな感じになる。



動画では左から相手電車が向かってくる。
伊予鉄、松山市駅から郡中港駅へ行く相手電車。

博多から東京への新幹線にイメージし直す。
博多駅は左。東京駅は右。

撮影者は、京都駅に停車中の上り新幹線グリーン。





動画を観ると、最初は駅に停車しながら動く相手電車を見つめ、
相手電車が停車後、自分がプラットフォームに対して動き始めた。

しかし頭の中で「プラットフォーム」イメージを消したので、
一瞬、相手電車が停止したけど、また右に進むのを再開した。

と、なる。




知識学習によって、

太陽の周りを地球が廻って、
地球の周りを月が廻る。

階層概念が、頭の中で できあがってる。





知識のリアル感を忘れて、

聞き取った言葉や自分が見たイメージ以外のイメージを
洗脳されたものだと、ちょっとの間だけ思うことにする。

疑うという行為は、危険な行為だから。




世間で信じられてる特殊相対性理論を疑うということは、
自分は世間より偉いと思ってる傲慢さの症状なのか。

傲慢さがなくても、疑いを持ってしまったら、
世間は真実を知らない。

それに対して、己は どう対処するのか。
という、己の行動に対する問いになってしまう。




世間。一般の方々。科学も哲学も、日々の生活に必要のない方々。
ただし、真実を求めようという気概のある方々。
ただし、日々の生活の重要性を優先する まともな方々。

だから俺は、一般の方々には、負荷を感じない。




じゃ、一般の方々ではなく、科学を知っているとわめく奴等に、
俺が抵抗を感じる必要があるのか。

必要はない。



俺は君に、

科学を知っているとわめく奴等と違って、
俺の方が、正しい科学を知っていると 喋(しゃべ)れば

俺の方を、俺の説の方を認めてくれという
ヒステリー者の話法となるだけ。





俺は商人として、21世紀物理学を売り込もうとしている。

商人が誠実であろうと、騙し言葉を多用する商人だろうと、
求めているのは商品。

生活必需品以外の商品の場合、
心地よさの音楽とか、自分ではない主人公の視野世界の小説とか。

誘惑、好みの問題。




3流映画の牧師が女性に惚れて、
「あなたとわたしが結ばれることが正しい。」

なんて言ったところで、それじゃ病者。

それなら言葉を出さない方を好む。
俺は、この手の病者にはなりたくないんで。

俺の狂いは別のとこにある。





論理整合性の好みとして
21世紀の物理学を売り込む。

そして、誘惑される振りをしてくれる方々には、
その有用性を売り込む。

ガマの口上する時間は頂いた。
貴殿の貴重な時間を。




それでは、丁寧な説明に入る。
もう一度、プラットフォームを消した絵図を観る。




撮影者は上り新幹線グリーン車内に居た。

しかしいま、グリーンとブルーの新幹線を見ている。
これが幽体離脱。

画面内のグリーン車内に、己のダミー人形残し、

己の身体を包(くる)む 上り新幹線グリーン車両と
相手身体を包(くる)む 下り新幹線ブルー車両を見ている。




画面に、上り列車と下り列車の同時を見てる。数学世界の抽象性。
生身のヒト。或いは空対空ミサイル先端ガンカメラは、

敵機を視線の先に見ている。見えた敵機は過去の映像。
映像情報自体が偏差射撃と同じ仕組みで届いている。




数学世界は、日常世界での対面会話と同じで、
話してる方も聞いている方も、同時存在。

だがこれからの電磁現象世界の相対性概念では、
音波も電波も、情報が届いたときには、
情報は新鮮度の落ちた、現場過去情報であるを意識する。



だから幽体離脱したTPS視線では、FPSと違って、
自分身体と敵身体が画面内で同時に描かれているからって、

そこの自分身体を模したものは、ダミー人形であるを
意識すること。

画面内自体が、ファンタジーだ。



一方、FPSでは、左手と右手と足下くらいしか写っていない。
映像情報が数百年前のもので、ベテルギウスがいまもあるかわからない状態の宇宙規模の作戦で、どの航路を使って、どこを主戦場として
敵がやって来るのか、迎え撃ちに、どこを戦場にするかのような、

見えた敵が、電子の雲みたいな確率情報になってるに
慣れてもらいたい。



こっから主に解説するのは、TPS視点はファンタジーであること。
地図を俯瞰して見るとき、地図内各部を同時刻扱いしてたのが

いままでだが、

博多から京都に行くときと、東京に行くときでは、
京都の情報は1秒前。東京の情報は2秒前。

こっから、京都や東京で敵なり美人さんを求めても、
現場到着時には、さらに1秒と2秒経過した世界。





TPSとFPSが、ごっちゃになってるが構わない。
これから段々、場合分けと区分ができるようになる。








上り新幹線車内から下り新幹線を見るとき、
視線距離の先は、過去の光映像情報の 出発点。

下り新幹線映像情報が網膜に見えたときには、
下り新幹線実物は、動いてる。或いは動いていない。




動いている場合は、線路枕木番号が

下り新幹線映像情報に映ってる線路枕木番号と、

網膜には見えないけど、
網膜が、いま見た 下り新幹線実物の「現時刻」真下線路枕木番号が違う。

相手の下り新幹線が線路に対し動いている場合。






下り新幹線が動いていない場合、
いま、網膜に見えた下り新幹線映像情報真下線路枕木番号と、
見えないけど、実物の下り新幹線現時刻真下枕木番号が同じ。

これって、上り列車が線路に対して動いていても、
線路に対して動いていなくても関係ない。






ちょっとイメージしてみる。

顕微鏡を覗きながら、プレパラートをズラす作業をする。
これが下り列車が動いていたり動いていない状態。

顕微鏡の接眼レンズまで、真下の対物レンズから
光が、真っ直ぐ上に上(あ)がる感じ。



対物レンズ真下のプレパラート位置の光子が、
真っ直ぐ上に上(あ)がったものだけが、
顕微鏡筒にぶつからないで、

接眼レンズまで届く。



これって、天文台を使って、光行差を検出するのと同じ。
地球が自転とか公転で、恒星からの光が、斜めに見える。

真っ直ぐ落下する雨粒が、列車内からは斜めに見えるのと同じ。




このとき、プレパラートを平行にズラすのではなく、
プレパラートに平行な平面で、接眼レンズのちょっと上の
網膜を動かす。ズラす。

接眼レンズ真上に停車中だった網膜が動けば、
見えなくなる。

接眼レンズと対物レンズを結ぶ真っ直ぐな線から外(はず)れて。




でも、顕微鏡筒が透明で、
接眼レンズも対物レンズも、ただの度なしガラスだとしたら、

ガラスだと屈折率もあるんで、ガラスの厚み0。
ガラスというより空気にする。



網膜がプレパラートに平行な平面上空で横ズレしても、
プレパラートが見える。見えるけど、視線距離違ってる。




下り列車が線路に対して動いてるか動いてないかは、

下り列車の光映像情報と
下り列車実物の真下現時刻枕木番号の違いで わかった。

枕木番号違うときもあれば、違わないときもあった。
実物は、網膜にはリアルタイムでは見えないけど。




リアルタイムでは比較できないけど、
線路枕木に時計が埋め込まれていたら、

時刻Aでも時刻Bになっても下り列車が枕木番号999の上なら、
下り列車は動いていなかったことになる。

上り新幹線車内網膜が集めた映像情報記憶を比較すればいいだけ。




網膜(上り列車)が、
顕微鏡接眼レンズ平面を横ズレしても、
プレパラート各部に時計が埋め込まれてたら、

映像情報から再現すればいいだけ。




でもプラットフォームや、プレパラートを消したら、

プレパラートの窪みで じっとしているミジンコが動いているのか、
網膜の方が動いているのか、言えなくなる。


ということを、なんとなく頭の片隅に置いといてもらって、
話を戻す。





話を戻す前に、簡単に整理して、

「上り列車・線路・下り列車」
「接眼レンズ平面の網膜・プレパラート・ミジンコ」

線路とプレパラートを消すと、
どっちが空間に対して動いているのか、わからなくなる。




それでは話を戻して、

夕方に月と太陽を同時に観る。

東に月。西に沈む太陽。上弦の月になる頃。
月の右側が光って、左半分が陰。




太陽と月を一緒に、同時に見てる。地球から。

階層概念だと、太陽>地球>月。グルグルの。

大きさでも、太陽>地球>月。




でも相対性を考えるなら、

太陽表面に立って、
地球と月のグルグルを見よう。

お月様表面に立って、
地球と月のグルグルを見よう。





これって地球から太陽と月の追いかけっこを観るのと同じ。

24時間毎のストロボ撮影。
定点カメラ。視線方向同じでのタイムラプス撮影。

動かない背景に対し、動くもの。
地球からなら太陽と月が動くもの。




太陽だけを地球から見てるとき、
太陽が動く。

月だけを地球から見てるとき、
月が動く。




座標系の設定で、

太陽を中心にすることも、
月を中心にすることもできる。

これじゃ、どっちが動いているのか、
太陽と月の質量の違いも表せない。

これが撮影者局所点導入しない数学の世界。
正確には、数学かぶれの20世紀物理学世界。






電磁現象世界の質量に相当するのが、

上り列車と下り列車の線路に対する速度や、
光子と同じ方向に進む場合の「見かけ速度」になる。





窪田登司氏の指摘とは、

線路系から見て、特定枕木と列車中央が同地点同時存在した火花が、

この火花を、特定枕木と列車中央のゼロ距離になった光映像情報と見做すと、頓知問題が解け易くなる。

ま、それはおいといて、


列車内を進む光が、列車中央の床穴真上の天井に到達するには、
球面波でなければならいないの主張だったと思う。

ちょい改題。してる。

球面波なら、床から天井に光子が届くのに、
床と天井が1光秒高さなら1秒以上になる。



物理学者さん達は、と言っても、
1線級のじゃなく、は、列車系では
列車系の時間で1秒で床から天井に行くの主張だけ。

窪田氏の指摘の鋭さに俺が気付くのは、だいぶあとになってからだが、
線路系と列車系で話をしてれば、堂々巡りなだけ。




列車基準慣性系で描いた球面波ぽい光子軌跡3方向。





光子発生時空地点は、線路特定枕木と列車中央床穴の同居位置時刻。

これを上り列車と下り列車と線路で説明する。
これ導入部に、2つの数直線の丁寧説明に入る。

入った。



イメージできるかな?

列車中央床に居る、

身長ゼロメートルのダミー人形が描く地図世界を。




京都駅伊勢丹のエスカレーターで上がったところで、
南と北を意識する自分。視線方向。

1光秒高さ上空へ光子を放つこと。

京都駅を停まらず通過する列車鉄輪と京都駅線路枕木のゼロ距離同居映像も、光速で上空へ。
















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